4-6
文字通り、狂気の淵を覗かせる様な大絶叫をする美女。
その悲惨な有様は、修羅場にも慣れているであろう婦警達すら思わず瞳を逸らしてしまう程である。
そんな絶叫の響く部屋の中、その姿を痛ましそうに見つめる真由美が、誰に言うでもなく、
先ほど隣室で婦警達に行なった説明を、ぶつぶつと小さく呟いている。
「あの子は、、、佐和子は、、昔から専業主婦の私よりキャリアウーマンである私の母に憧れていたんです、、、、
家庭に入るだけなんてつまらない、、、お祖母様はカッコイイ、、、母であり更に仕事でもトップになって、、
私もあぁなりたい、、、、、真佐実さんみたいになりたいって、、、」
「そう、小さい頃からずっと言い続け、それを聞いた母も直接には口にしませんでしたが、おそらく
祖母も正直、自分よりあの子に期待していたと思います。」
「、、、ですから、、、、そんな憧れの祖母が、まさかガス中毒事故なんかで亡くなったと聞いた時のあの子の
取り乱し様とは、、、」
「、、、、お母様、、、もう宜しいですわ、、、、」
痛ましい思いに耐えかねたのか、その真由美の独り言を遮る婦警。
見れば、近くのテーブルの上には、真由美が持参したのであろう、佐和子とのツーショット写真が、幼い頃のものから
最近のものまでもが、何枚も置かれている。
もちろん、そのどれもこれもがその場にいる『佐和子』と同じ容姿であり、更に実の母親の証言を前に、
果たしてそれを否定する根拠はあるであろうか、、、、、
そのあまりにも気の毒な母娘を前に、そっと母親を外へと促し、自らも退出していく婦警たち。
そぉ、、、、ここからは婦警の出番ではない、、、、これは、、、、ここからは医者の出番であろう、、、、、
そう判断し、退出した後、再び安全の為、冷たく思われるのだが部屋は施錠されてしまう。
その冷たい施錠の音に、はっ、、と我れに還った真佐実が、思い出したかの様にドアへと飛びつくが開く訳もない。
そして、再び室内からは、
『佐和子じゃないっ!!違うのよぉ〜〜、、、』
の大絶叫が響くのだが、もはや痛ましそう振り返るだけの婦警たちは、そのままあっさりと学園から去っていったのだが、
それを見送ったのは、いつの間にか来ていた校長の山田女史である。
そして、そんな部外者の去った後、ようやく呟く真由美。
「、、こ、、こんな、、あ、あんまりです、、、酷過ぎます、、、、お、、お母様、、、、、」
だが、それを聞き咎めた山田女史は、先ほど婦警を見送った時とはまるで違う声音で断じながら真由美を睨みつける。
「はっ、今更空々しい、、もうあんたも共犯でしょ、、、もう一仕事あるんだからね。
子供たちが可愛いなら、頑張んなさいよっ。
ねぇっ、、『喪主』の真由美さん。」
そのあまりにもわざとらしく強調した『喪主』の言葉に、思わず泣き崩れてしまう真由美。
いったいどこの世界に、今だ健在である、実の親の葬式を演じねばならぬ娘がいるのか。
、、、、、しかし、人質となっている子供を案じれば、言いなりになるしかない哀れな真由美は
最早、ただ惨めな我が身を呪う事しか出来なかなかった。
数刻後、講堂で健気にも立ち振舞う真由美の姿があったのであるが、その泣き腫らした目蓋に充血した瞳、
そしてなによりも憔悴し切ったその姿は、弔問客の哀れを誘うのであるが、その真意が全く別のところに
あるなど、誰一人として知る由もなかった。
そして、置き去りにされ、荒れ狂う真佐実に聞こえてきたのは、校内放送で伝えられる講堂内の音声。
それはなんと葬儀委員長である校長、そして喪主である娘の真由美の声ではないか。
遂に、学園葬が始まってしまったのだ。
「!!!、、、違うっ!!、、違うわぁ〜〜〜っっ!!、、、私はここに、、ここにいるのよぉ〜〜〜〜っっ!!」
まさに喉も枯れよとの大絶叫も、真佐実が連れ込まれた学園の奥の辺鄙な建物の部屋から講堂まで
聞こえる筈もない。
そして、その本物の真佐実の狂乱を知る由もなく、学園を弔問客として訪れる、
まさに数え切れぬ数の生徒、OB、そしてOG達。
真佐実の人徳を証明するかの様に、幅広い年齢層の女性たちが数多く集まり、その誰も彼もが
若い理事長との早すぎたお別れを心の底から悲しんでいる。
若かりし頃に起こりがちな様々な理由、状況等で、人生の道を踏み外しかけたその辛い時、
若者特有の思い込みで、この世に味方など誰一人いはしないのだと、スネて自暴自棄になりかけた時、
迷わず手を差し伸べてくれたのは真佐実だったと異口同音にする女性たち。
真佐実がいなければ今の自分は有り得なかったと、訪れるOGの全てが文字通り口を揃えて褒め称え、
また嘆き悲しむ。
中には真佐実が亡夫の手伝いをしていた頃、教職の資格を利用してほんの僅かではあったが講師として
勤務していた頃の教え子の姿も見える。
そんな彼女たちも既に年齢を重ね、多くは人の親となっており、幼子の手を引きながらの弔問は、
周囲の涙を更に誘う。
真佐実先生、私、ちゃんと母親しております。と涙を堪えて真佐実の遺影に誇らしげに伝える母親は、
果たして若き頃、何があったのであろうか、、、、
この子も先生に教えて欲しかった。もう一度、今度は保護者としてお会いしたかったと泣き崩れる
母親の背中を心配そうにさする幼子の様子は、もはや涙なくしては見れないものである。
そして、スーツ姿で訪れているグループは、初々しくやや少女の面影すら残すものから、凛々しくも
涙一つみせずに振舞う女性までの現役社会人達であろう。
この平成大不況のさなかでも、ちゃんと有名企業に就職出来たのは、学園の、そして真佐実の御陰であると、
涙を堪えきれぬ新入社員組達を、懸命に涙を堪えて叱咤するのは既に中堅として活躍するOG達。
最後のお別れを笑顔で送れずにいては、それこそ真佐実に対して失礼だと言う先輩達の声に、
懸命に応じようとする若者たちであったが、その先輩達の瞳こそ、まさに涙の滴がこぼれ落ちんばかりに
なっている。
そして、役所や他の学校、いわゆる公的機関からの弔問客、そして弔電、、、、、、、
最早、どこをどう見ても立派な(?)そして紛れもない学園葬である、、、、、、、
「違う、、、違うわ、、、あぁ、、、」
淡々と進む議事進行にどうしようもない焦りを感じる真佐美であるが、まるでそんな真佐美の心を読むかの様に、
突然にドアが開き、校長の山田女史が入ってきた。
その余りに自然な登場に、一瞬呆気に取られるのたが、すぐさま我に帰ると文字通り食って掛かる真佐美。
しかし、そんな真佐美の激高を完全に聞き流し、トンでもないことを言い出す山田女史。
「山田先生!!悪い冗談にも程があるわよっ!!やって良い事とやってはいけない事の区別が、」
「そろそろ出番ですわよ、『佐和子』さん。」
「?、、!?、、、!?!?、、、、な、、、なんですって、、、、ま、、、、まさか、、、、まさか、、、、」
「あら、敬愛するお祖母様との最後のお別れなのよ。『孫娘』が出席しないなんて親(祖母)不孝があるかしら。」
ここまで人をバカにした言動があるであろうか、、、、、、、
勝手に人の容姿を奪っただけでなく、存在そのものを葬る行為そのものに、なんと本人自ら出席せよと言うのだ。
そのあまりに惨いやり方に、憤怒のあまり言葉すら失う真佐美。
「、、、じ、、、冗談では、、、すまされないのよ、、、、こ、、、こんな、、、こんな、、、、、」
怒りのあまりに空白となった真佐美の理性は、もはやろくな台詞すら浮かばなくなってきている。
だが、様々な切り札を既に手中にしている山田女史は、そんな真佐美を冷静に見据えて説得(脅迫?)にかかる。
「あらぁ、、良いのかしら、、大騒ぎした『佐和子』さんの様子はもう大勢の人が見ているのよ、、、、
可愛そうに、折角成績も良かったお嬢さんが頭が変に、はっきり言えば狂ってしまったって皆言ってるわ。」
「それでも、ここでちゃんとした格好して式に立ち会えば、少しはましな評判が取り戻せるにと思ったんですけど、、、、」
「!!!!、、、!?!?!?、、、な、、、あ、、あんまり、、だわ、、、、冗談じゃないわよっ!!」
なんという陰険さ、悪辣さであろうか、、、、、、
愛する孫娘と同じ顔にする事でさえ、正気を疑う鬼畜の所業であるのに、今また、自らそれになりきれと言うのだ。
もはや、愕然とするしかない真佐美に向け、むしろ淡々と言葉を続ける山田女史。
「なんなら、その格好でまた、乱入します?『佐和子』さん。でも、今あそこには学園だけじゃない、
色んな公的機関からの来賓すら大勢来ているのよ。
そんなとこに今の『佐和子』さんが行くとどうするのかしらね、、、、」
いよいよ『佐和子』は本物の狂人扱いされてしまうわよ。
山田女史が本気で言っている事に気付いた真佐美は、今や自分は追い込まれていると実感せずにはいられなかった。
「、、、じ、、冗談では済まされないのよ、、、、、」
「、、、、この期に及んで、まだ冗談ですませられるとお思いの理事長先生こそ、いい加減に気付いてください。」
なんと言う悪辣な、、、、、狡猾な、、、、、、
だが、そんな家族を思う真佐美の気持ちを利用するあまりにも悪どいやり方に、追い詰められた真佐美は、
遂に囚われたままの佐和子と昭夫の安否を持ち出され、その常軌を逸する茶番劇に加担させられてしまう。
数刻後、、、、、凛としたフォーマルスーツを、その均整の取れた若々しい肢体に纏った『佐和子』の姿が
『送る会』の会場にあった。
そして、それと入れ替わり退場となったのが真由美であり、公式には実の母の不幸に耐え切れなかったので、
名代として、また先刻の失態を払拭する意味でも、孫娘の『佐和子』が残りを仕切る。
という形をとったのである。
だが、、いったいどこの世界に自分の葬式の喪主を務める人がいるであろうか、、、、、、
しかし、そのあまりの非現実過ぎる出来事の為であろうか、むしろ強張った表情のまま、淡々と演技を
続けていく『佐和子』
代理ながらも、喪主として、なによりも佐和子の評判を落とさぬ様に、懸命に演じる真佐美。
『先ほどはお見苦しいところを、、、』
『大変に失礼を、、、、』
『あまりの事につい取り乱し、、、』
『もぉ、大丈夫です、、、、』
そして、その若いながらも、懸命に努める健気な振る舞いもあり、
『気持ちは判りますわ、、、』
『大変でしょうけど、、、』
『気持ちをしっかり持って、、、』
など、好意的に受け止めてくれる弔問客たち。
そして、いよいよ訪れるお別れの時、、、、、、、、
出棺である、、、、、
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