新たな生贄04-02



『私、、私、、何をしてるの、、、何で、こうなってしまったの、、、、、』

遂に自ら、戻れぬ方向へと足を踏み入れてしまった真佐美。
それでも、校長や担任への根回しを忘れぬのは、やはり理事長としての処理能力の高さ故か。
そうして、理事長自ら、一人の生徒の自宅をわざわざ訪れると言う事に対しても、なるべく不審を
もたれぬ様にしてから行動する。

だが、こうして少年の家を一人で訪問し、その家のリビングで母親と話をしながらも、まるで自分が何物かに
操られている様な不気味な不安感に襲われずにはいられない真佐美であった。

それでも、せっかく入学した名門高校、しかも受験を前にした大事な時期に、よりにもよって不登校になど
なってしまった大切な息子を心配する母親を目の前にすれば、やはり教師としての矜持が目覚めねばには
いられない。

「落ち着いて下さい、お母様、、大丈夫、大丈夫ですわ、、私が少し、お話してみますね、、、」
「で、でも、でも、話も、、家族の誰とも、ロクに話もしてくれなくて、、私、いったい私、どうすれば、、」
『お願いします、先生。』

これまで、品行方正(?)を絵に書いた様な自慢の息子の突然の引きこもり(?)に動転している母親は、
学校から、担任どころか生徒指導でもない、なんと理事長直々の訪問と言う不自然さにも気付かない。

そして、そんな、まさに縋るかの様な母親の哀願に促され、少年の自室の前で静かにドアをノックする真佐美。

「田中君、、先生よ、、、少し、お話しない、、、ねぇ、、田中君、、、」
そっと優しく声を掛けるものの、やはり全く気配も動かぬドアの向こうに、母親の心配は高じるばかりである。
「、、、あぁ、、ねぇ、、太郎、、なんで、、なんでなの、、ねぇ、教えて、、」
そして、今にも取り乱す寸前の母親をやんわりと制した真佐美は、少し扉から離れる様に依頼する。
すると、もはや真佐美以外、頼れる者もいない母親は、おとなしく指示に従い廊下の隅まで下がってしまう。

そして、母親が離れたのを確認した真佐美は、ドアに近付くと、小さく、部屋の中にだけ聞こえる様に、、、
つまり、けっして背後の母親には聞こえぬ様に小さく囁いた。

「、、、、田中君、、、彼女から、お話があるって、、伝言があるのよ、、、、」

すると、何と言う事であろうか、、、、、
ほんの僅かの間をおき、堅く閉まっていた扉が小さな音を立て、ほんの少しではあるが開いたではないか。

「!!、、た、、太郎、、いったい、、、」
「お母様、落ち着いて下さい、どうか落ち着いて、、良いですか、少し、私がお話してみます、良いですね。」
実に久しぶりに開いたドアに、思わず取り乱してしまおうとする母親であったが、それを制する真佐美。
『ここが一番大切な時、大事な時ですから、、、』
専門家にそう言われれば、もはや黙るしかない母親。

なにせ、息子の部屋のドアを開ける事が出来たのは真佐美だけなのだから、、、、

そう言って、母親を制すると静かに少年の自室へと入る真佐美は、静かに後ろ手でドアを閉めたのであった。

静まり返ったその少年の個室、ドアの内側には一人少年が机の前で椅子に座り、こちらを見ていた。

正直、あんな真似を、、、唆されたとはいえ、自分にあんな仕打ちをした少年と再び対峙した時、、、、
いったい自分はどうなってしまうのであろうとも思っていた、、、、、、、、

長い教師生活の中、確かに生徒や同僚、保護者からも理不尽な扱いを受けた事など確かにいくらでもある。

だが、、、、教師としてだけではない、、、、一人の『女性』としての尊厳を汚されたのだ、、、、、
それもひたすら無残な方法で、、、、、、
許せない、、、絶対に許せるはずがなかった、、、、そのはずであった、、、、、のだが、、、

真佐美の目の前にいるその少年は、あの日、ただひたすら欲情に狂い、ただ、獣の様に己の性欲だけを
解消することだけに夢中になっていた『牡』とは、とても同じ人物には思えぬ様子となっていた。

憔悴し、ろくに食事も取らぬのか薄暗い室内ですら、顔色が悪いのはハッキリ判る程であり、目の回りは
寝不足のせいか、隈まで浮かんでいるではないか、、、、、、

自分のしでかした事のトンでもなさ、、、家族はおろか友人にすら相談さえ出来ぬ事、、、、、
唆されたとはいえ、一人の女性を暴行してしまったのだ、、、それも無理やりに、、、、
そんな事実が世間にバレれば、、、、いったい、自分は、、、、
確かにそう考えれば、食事どころか睡眠すら侭ならぬ位に悩むのが当然であろう、、、、、

『そう、あなたは、苦しんだのね、、悩んだのね、、、、、、、、、、そう、、なら、もぅ、いいわ、、、、』
『、、そうやって、苦しめたのなら、悩めたのなら、、、、、あなたは、、まだ、大丈夫、、、』

やはり、自分の学園の生徒に真の悪人などいないのだ、、、、、
唆され、例え一時の気の迷いから不埒な行いにその身を投じても、こうして踏みとどまれるではないか。
悩み、苦しみ、そして後悔しているではないか、、、、、

そんな生徒に救いの手を差し伸べずして、何の教師であろうか、、、、、、

苦しみに歪んだ顔で、涙目で自分を見つめるそんな哀れな少年を前にして、やはり非情になりきれぬ、、、、、
その対応が結局のところ、自分を追い込んでしまうのだが、神ならぬ身の上ではとてもそこまで読み取れず、
ただ、暖かいものが沸き上がってくる自分の心根に従ってしまう真佐美であった。

「、、、、、、ねぇ、、田中君、、、大丈夫よ、、あなたの勘違いなの、、、問題になんかなってない、、、」
今にも叱責されるのでは、、、、、と脅える少年を気遣って、ゆっくりと話始める真佐美。
その柔らかい笑顔、語り口は脅える少年にとり、まさに慈母の恵みに他ならない。

「、、、、彼女、あの人、、怒ってなんかいないわ、、、、怒ってなんかいないの、、、判る?、、」
すると、その優しい真佐美の言葉を聞いた少年の頬にゆっくりとだが、少しずつ赤みが戻ってくるではないか。
だが、未だ自らの行為を深く悔いる少年は、まさに縋る様な目をして真佐美に向け、消えそうな声で尋ねる。

「、、、、、、、で、、、でも、、ぼ、、ぼく、、、あ、の、人に、、、、ひ、、、ひどい、事、、、」
そこまで口にすると、あの状況が思い出されたのか、力無く真佐美から目を逸らし俯いてしまう少年。
「、、、、だから、、、あ、あの人、、す、凄い、怒った目で、、凄い目で、、僕を、見て、、睨んで、、」
「、、きっと、、む、無理やりだったから、、、ぼ、、僕が、、へ、、下手だったから、、お、怒って、、」

すると、その少年の後悔の言葉を聞いた真佐美は、自身の『眼力』(?)で、あの時、あっさりと醜態を晒し、
スゴスゴと退散してしまった少年の、その時を思い出しながらゆっくりとその誤解(?)を解いて行く。

「うぅん、、だから、、違うのよ、、、だから、、ちゃんと聞いて頂戴ね、、、、、、あのね、、、」
「確かに、彼女はあの時、少し、ムッとしていたのは本当みたいよ、、、でも、ほんの少しよ、少し、、」
「それも、それは、無理やりだからじゃないし、、、、もちろん、あなたが下手だからでもないのよ、、、」

ゆっくりと話ながらも、真佐美の内心は若干、呆れる思いを隠せずにいた。
『まったく、、、、男の子って、、ホント、ダメねぇ、、、『下手』って、、そんな事まで気にしてたの、、』
少女たちから言われて、ただの自分を貶める為の方便だと思っていたが、まさか当人の口からも聞くとは、、、

なんと、少年は、確かに自分が女性を『暴行』したのではないかと悔いもしているが、それと同じ位に
自分のセックスが『下手』だから怒ったのだとも、ホントに思っていたらしいのだ、、、、、、

もちろん、真佐美とて教育者の端くれ、思春期の少年がセックスに対してどれほど興味があるか、
知らぬ筈も無いし、それの『上手』『下手』にどれだけ拘るかも知っている。

だが、実際に自分が『下手』であるとも思い込み、これほど落ち込むとは、、、、、、、
しかし、自信を無くし、落ち込む少年を慰め、奮起させるなど、熟練教師にとって手慣れたものである。
そして、内心思ってしまった『呆れる』と言う感情は、まさに『ダメな子ほど可愛い』の思いに繋がり、
ゆっくりと説得していく真佐美の言葉は自身の想像以上に展開し始めてしまう。

「それは、あなたの、、、、セックスが、あまりにも自分本位だったからなの、、、、判るかしら?」
「あのね、、セックスって、、自分だけじゃないの、、相手を思うことも大切なのよ、、、それが大事なの。」

そして、淡々と説得しながらも、先日感じた深層心理の中の『優越感』の為せる技(?)なのか、
つい口を滑らせてしまった真佐美。

「、、、そう、相手って言えば、あなたの彼女、『則子』ちゃんも心配してたわよ、、、、」
そして、その自らの初体験の相手の名を聞かされた瞬間、、、、その恋人が自分を心配していると
聞かされた瞬間、、、、、、、
なんと今まで、暗く沈み俯いていた少年が、まさに弾かれたかの如くに顔を上げ、真佐美を見つめたのである。

そして、そこに輝く様な笑顔を見た瞬間、真佐美の心理にこれまでの人生の中で感じた事すら無い感情が
芽生えてしまったのだ。

『!?、、、!!、、、な、、なによ、、何よっ、その笑顔はっ!!、、あ、あんなに、、あんなに
 私に夢中だった癖に、、、夢中になってたくせにっ!!、、なんなのよっ!!いったいっ!!』

そう、、、、、、それはまさに、恋人を若い女性に寝取られた年増女の僻み以外の何物でもなかった、、、、

『、、、そ、、、そぅなの、、、やっぱり、そぅなのね、、、、、い、いいわ、、いいわよ、、、、、
 み、、、みてらっしゃぃ、、、、、、』

一瞬、真佐美の脳裏に沸き上がってしまった負の感情、、、、、、、、、
自分に夢中になっていたとばっかり思っていた少年が見せてしまった恋人への思い、、、、、、、、
それを目の当たりにしてしまった真佐美は、最早自身の内に燃え狂う『嫉妬』の炎を抑える事が出来なかった。

そして、長年培った知性と教養、いや理性すらもかなぐり捨て、しかしながら経験豊かな社会人である
年長者故の狡猾さを武器に、言葉巧みに少年へと話し始める真佐美。

「君はあの時、ホント、自分だけの事しか考えなかったでしょ、、、それが、ちょっと違うのよ、、、」
「だから、『あの人』、『彼女』からの伝言よ、、、、、『今度ちゃんと私が教えて上げます』ですって、、」

人間の最も醜い暗黒面(?)に堕ちてしまった真佐美は、遂に自ら決定的な言葉を口にしてしまった、、、、

その重要さに、気付かぬのか、それとも気付いても知らぬ振りをしているのか、、、、、、

だが、その真佐美の口から出た『教えて上げます』の言葉に、ほんの少し前までの、少女を思っていた
柔らかい笑顔であった少年が、まさに豹変するかの如くに顔を上げ、全く別な意味で瞳を輝かせて自分を
見つめているのに気付くと、真佐美はもはや自分を押し止どめる事が出来なかった。

『うふ、ほぉら、ホント、『男の子』って、、『男』ってバカねぇ、、『サせて上げる』ってちょっと
 匂わせただけで、、、、、うふふ、、、』

再び自分(?)に向けられた少年の熱い視線を心地よく感じてしまう真佐美、、、、、
そして、上ずった声で夢中になって自分に尋ねる少年を誘うその様は、最早教師では無かった、、、、

「ホ、ホントですか、、、せ、、先生、、も、もう、一度、、もう、一度、あ、あの人と、、そ、、その、」
「えぇ、そぉよ、あの人が君と『セックス』して上げるって言ってたわよ、、、、うふ、嬉しい?」
「、は、、はぃ、、ハィッ!!」
「今度は『ちゃんと』そして『色々な事』教えて上げるって、、、、、、」

それは正に純真な少年を色香でたぶらかす毒婦の姿以外の何者でもなかった、、、、、
そして、完全(?)に自分の虜となった少年に向け、当初の目的も忘れずに忠告する真佐美。

「うふふふふ、、、それなら、ちゃんと学校へも来ること、、、それにお母様達にも謝って、、、」
すると、最早、目の前のご褒美(?)に飛びついた少年は、完全に真佐美の言いなりであった。

ちゃんと登校することを確約させた真佐美は、少年を伴ってその部屋を出る。

すると、家族の誰もが無し得なかった、息子の籠城の解決を、いとも簡単に為し得てしまった真佐美の手腕を
目の当たりにした母親は、少年を叱責することも忘れ、ひたすら感謝の意を示すだけであった。

そんな母親へ、登校しても、暫くはカウンセリングの必要があるので、それを放課後行うから、若干帰宅が
遅くなる時や休日登校もあるかもしれないが心配しないで欲しい。と伝える真佐美。

もちろん、息子を助けてくれた恩人に何の異論も無い母親は、一も二もなく同意してしまう。

そして、2人の感謝の言葉に送られ、少年の家を退出する真佐美であった。




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