第一章 予期せぬ事故

「あぁ、、ほ、ほんとに申し訳ございません、この通りです、、ほ、ほんとに、ほんとに、あ、あうぅっ、、」
「あぁ、そんな、そんなに自分を責めないで、景子さん、、事故なの、、不幸な事故なのよ、、、」
「そ、そうだよ、先生、だって、僕が無理やりに車に乗ったのが悪いんだもの、先生は悪くないよ、、」
「で、、でも、、、かおるくんは、、、あ、あぅぅぅ、、、、」

あの幸せの絶頂の日から、ほんの数週間後、とても以前と同じ場所とは思えぬ暗く重い雰囲気に沈む春川家のリビング。
見れば、なんとかおるは両目を塞ぐ形で幾重にも包帯が巻かれ、更には耳に補聴器の様なものまで着けている。

そうなのだ、あの幸福の絶頂から、ほんの数日後のある日の夕方、夕食の買い物に不足分があったのに気付き、
景子が車で出掛け様とした矢先、二階の自室からかおるが声を掛け、
『出掛けるならそこのコンビニまで乗せてって』と同乗、2人で仲良く車に乗って外出したのだが、、、、、

なんと言う事であろう、その車のタイヤが不幸にしてパンク。
そして重なった不幸の最たるものは、そのまま制御を失った車が助手席側から電柱にぶつかってしまった事で
あった。

勿論、最近の車であるからしてエアバッグは当然であるのだが、それとて真横からの衝撃には些か頼りない。
そして、最悪な事に、シートベルトをちゃんと止めていなかったかおるが頭部を強打、ほとんど外傷は
無いものの、その衝撃でなんと視力と聴力を失い、更には若干の指先などの感覚までもが、やや鈍る様に
なってしまったのである。

そして、その反対側にいた景子が、ほとんど無傷であった事もまた、景子にとっては不幸の一つであった。

やがて、数週間の入院治療を経て、久々に自宅へ戻ったかおるであるが、改めて頭部に痛々しくも包帯を巻き、
補聴器まで着けた愛しい息子、最愛の夫を前に、やはり悲嘆の涙が涸れぬ哀れな女性2人であったのだ。

そして、そんな女性陣を懸命に慰め様としているのが、当の被害者のかおるである事が女性達の涙を誘う。
「そんな、景子先生、ママ、大丈夫だよ、お医者さんだって言っていたじゃない。目も耳も何にも問題無いって
 ちょっと頭のショックで見えずらかったり聞きずらくなっているだけだ。このまま目も耳も休ませておけば
 早ければ一〜二カ月位で良くなる。ちゃんと見える様にも元どおりに聞こえる様になるって。」

そう、退院の際、レントゲンや眼底部の写真まで使い、懇切丁寧に説明してくれた主治医の説明は、理路整然と
したものであり、素人である佳代達にも、今のかおるの障害がほんの一時的であると、確信出来たのは
その通りなのだが、やはり病院で見るのと、自宅で見るのとは受ける印象が違うのもまた事実であったのだ。

そして、それ、かおるの包帯姿を自宅で改めて見た景子の気落ち振りは、気の毒過ぎる程であったのは
言うまでもない。

まぁ、それもそうであろう、、、、、いくら原因はタイヤのパンクといっても自分の運転する車の事なのだ。
そして、そうしてケガを、一時的とは言え失明までさせてしまった主人の家に、自分は同居しているのだ。
もちろん、佳代の性格からしてまさかにも『嫁』扱いなど、されたことすら無いのだが、やはり、そこはそれ、
大切な一人息子をケガさせられ、いったい、どうして平穏な気持ちでなどいられよう。

ましてかおると佳代は、もう、何年も母一人子一人の母子家庭で過ごして来たのだから。
それを家庭教師として、この家に出入りし始めた頃から知り抜いている景子は、やはり情けなさ、申し訳なさで
まさにその身を引き裂いてしまいたいほどの後悔に襲われていたのだ。

だが、意外な人物がここに来て能弁になり始めた。
「もぅ、いつまでもメソメソしない。ママも景子先生も、ホントにいつまでも泣いていたら気持ちまで暗く
 なっちゃって、ボク、もっと悪くなっちゃうよ。」
不自由な身体ながら、すっくと立ち上がり毅然とそう告げたのは、なんとこの家の一人息子、かおるであった。

頭部を包帯に覆われた不自由な身体ながら、悲嘆に暮れる女性陣を叱咤激励するかおる。
「ねぇ、だからほんの数カ月だって、言ってるでしょ。明るく考えようよ。ボク、その間、大学も休学だから、
 ずっと家に入られるよ。3人で一日中一緒にいられるんだよ、、夏休みみたいなものじゃない。」

そんな無理やりの理屈で懸命に自分たちを慰めるその姿は、やはりこの子も『男の子』であったのだ。と
佳代の胸を熱くさせ、傍らの景子もまた、自分が選んだ少年に始めて感じた『男性』に些かの感動を思い、
胸を熱くさせてしまっていた。

「そ、、そ、ぅ、、、ね、、いけないわね、、いつまでも泣いてちゃ、、ママ、ホント、ダメね、、」
「、え、、えぇ、お、お義母様、、、かおるさんの為にも、、元気に、、明るく、、です、ね、、」
未だ、涙目ではあるものの、勇気を振り絞った女性陣は健気にも笑顔を浮かべながら、そう互いを励まし合い
始める。

ピンポ〜〜〜ン

そして、ようやくにも、なんとか明るい雰囲気になりかけた、リビングに来訪者を告げるチャイムが
鳴り響いたのはその時であった。



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