新婚家庭 00−01

「景子さん、、、、ホントに、、それで良かったの?、、だって、せっかく就職したのに、、、、」
「いいぇっ!!お義母様、、あれで良いんです、、あんな人達、、、私、決心しましたもの。」
先程の会社でのやりとりから数時間後、春川家の広々としたリビングでの会話である。

「お義母様をあんな風にネチネチいびる先輩なんかが居る職場に、私、いたくなんかありません。」
そう、あれから景子の上司へと説明をしに行った佳代なのであるが、なんとその場で合流した景子は
なんと、婚約により、退職しますとあっさりと上司に報告してしまったのだ。

本来であれば、その場はあくまでも、婚約が決まったのでその報告のみ。
つまり、まだ数年、かおるが卒業するまでは勤め続けると伝えるだけの筈だったのだが、なぜか景子は
突然に、その場になってそう上司へと宣告してしまったのである。

その突然の発言に、驚く佳代であり、慌ててその場で取り繕うとするのだが、景子の意見はガンとして
変わらないのだ。
そこで、とりあえずその場は引き上げようと、あっけに取られる上司への挨拶もそこそこに
会社を後にする佳代は、自宅へと戻り、改めて景子に翻意してもらおうと説得していたのだ。

やはり、佳代としては、この就職氷河期で得られたせっかくの正社員の立場を僅か数カ月で失う事は、
あまりにも勿体ないとしか思えなかったのである。
しかし、景子の意見はガンとして変わらなかった。

「だって、お義母様だって知ってるでしょ、あの人達、社会のルールとか言って、何してるか?」
そう若々しい美貌を、興奮のあまりに真っ赤にさせながらこれ以上は無い位に憤慨させてまくしたてる景子。

「勿論、そりゃお茶くみやコピーやらは当然、楽しくは無いけど当たり前だと思ってますよ。私だって、、、
 でも、そのたびに『短大出は、、』『今の若い人は、、』とかネチネチ厭味を言ってばかり。」
「そして、休憩の度に『あの課の誰某が付き合ってる』とか『社内恋愛のAとBは』とかそんな話ばっかり。」

そう、、、他でもない。佳代自身もかつてのOL時代、そんな神田と竹井のその手のお喋りには心底、
参っており、正直、そそくさと退社を決めたのも、それにも一因があったのである。
そして、先程、本当に久々にその2人に再開して判った事は、長きに渡る社会人経験によって、どうやらその
お局根性は一層に磨きがかかっている様なのだ。

そして、おそらくは自分の事を快く思ってはいないあの2人が、その自分の息子と婚約した景子に対して、
いったいこれからどの様に接するか位は、いかに世間慣れしていない佳代であっても、容易に想像出来る。

しかし、、、確かに自分もほんの数カ月で結婚退職してしまい、それを上司に報告したものであるが、さて
この状況の違いはやはり時代であろうか、、、、、、

自分の際は、結婚相手である職場の男性が、堂々と上司へと報告し、正直自分はただ恥ずかしさに頬染めて
ただ、その場にいて、小さく『えぇ』とか『はぃ』『お世話になりました』位しか言えなかったものだが、、、

毅然とした態度で『本当に短い間ですがお世話になりました。』と堂々と上司に向かって言ってのける景子の
姿は、まさに佳代にとって目から鱗が落ちるばかりの新鮮な驚きであったのだ。

ただ、、、、自分には無し得なかったその毅然とした態度を目の当たりにした佳代の気持ちの中に、明らかに
自分とは違う新しい物を見た爽快感が芽生え無かったと言えばウソになるのも真実である。
だから、実のところ、こうして景子の早すぎる退職を嗜めているのも、ややポーズではあり、本心としては
それをとっくに受け入れて居た佳代なのだ。

そして、そんな佳代の気持ちを見透かすかの様に、リビングのソファで自分の向かいに座って居た景子が、
突然に自分の傍らに座り直して、自分に二の腕を絡めながらやや演技過剰な位にこう言われた際、思わず
同意してしまったのだ。

「でも、本当はこうして大好きなお義母様と少しでも早く一緒に暮らしたかったの。」
「あぁ、お義母様と一緒に、お買い物したりぃ、お料理したりぃ、あぁ、そしてかおるさんをお家で待つの。」
「ねぇ、良いでしょぅ、、お義母様ぁっ、、」

そう自分に告げる景子の初々しい美貌は、やや羞恥に頬染めて、まさに若さ輝き眩しいばかりである。
そう、、、、、愛しい一人息子のかおるの存在に些かの不満など無い佳代なのだが、その心の奥底に、微かに
『あぁ、女の子であったなら、、』と思わぬでもない佳代にとり、新たに家族に加わった愛らしさ満点の娘を
前にして、先程までの形だけでの反論など、もはやカケラも残ってはいなかったのだ。

なによりも、自分が密かに夢見てさえいた、可愛らしい娘との買い物、料理などの生活が始まるのかと思うと、
なにやら年甲斐もなく、胸のときめきすら覚えてしまう佳代である。

そして、照れ隠しについ、先人めいたお説教をしてしまう佳代。
「あら、だめよ、こんな『オバさん』おだてたって、なにも出ませんからね。」
「えっっ、そんなお義母様、『オバさん』だなって、絶対だれも思いませんよ。」

そう、先刻、会社でアラフォーコンビの逆鱗に触れたのは、まさにその文字通り、年齢を感じさせぬ
佳代の若々しさであったのだ。
元々、お嬢様育ちでおっとりし、ロクに世間にも揉まれた事の無いまま過ごして来た佳代は、まさに
箱入り娘のお嬢様がそのまま、大人になった様なものであり、その若々しさはかおると買い物に出掛けても
とても母子とは見えず、またかおるの愛らしさもあって、どうかすれば姉妹にすら見える程であったのだ。

「それに、お義母様、今は30代、うぅんっ、40代になっても、現役女子と言う時代なんですよ。
 ですから、お義母様なんか、ぜんぜん平気ですよっ。」

そもそも、なにが平気なのかは不明だが、最近の風潮である、アラフォー女子なる面妖な日本語で佳代を
褒めたたえる景子だが、『若い』と言われ佳代とて気分が悪くなろうはずも無い。

だが、つい満更でもない笑みを浮かべる佳代の笑顔を見た時、若干の悪戯心を出した景子が、少々意地悪な
展開を述べる。
「あら、でもぉ、かおるさんと結婚して、もし、私、『赤ちゃん』が出来たら、、、、『お婆ちゃま』!?」
「えぇ〜〜〜〜〜、、それだけは勘弁してぇ〜〜〜〜」

芝居気満点で円らな瞳をクリクリさせながら大袈裟に予告(?)する景子の仕草に応じ、同じ位に大きく瞳を
開き、小芝居染みた返事を返す佳代。

「うぅ〜〜んっ、でもぉ、確かにそうなのよねぇ、『赤ちゃん』が出来たら『孫』ですものねぇ、、、」
そう、いかに若々しい美貌を誇ろうが、それだけは頑として動かぬ歴然たる事実なのだ。
哀しい(?)現実を前に、一瞬暗くなりかけた佳代であったが、そこにあくまでも前向き(?)な景子からの
提案があった。

「うふ、大丈夫ですわ、もし、そうなっても、私の事を『ママ』お義母様は『お義母様』と呼ばせて、
 絶対に『お祖母さん』だなんて言わせませんから。」
そう遠くない未来に、すっかりと断言する自信満々な景子の言葉に、さすがに苦笑しながらも感謝の言葉を
述べる佳代。
「あら、ありがとうございます。そぉねぇ、それなら安心(?)ねぇ、、、、」

そして、そう述べた佳代と見つめ合う景子。
やがて、2人の間に自然に笑顔がこぼれ、朗らかに笑いが広がっていった。

そして、そんな時、、、
ピンポ〜〜〜〜ンッ!!と玄関のチャイムが鳴り、ガチャガチャとドアが開く気配。
どうやらこの家の一人息子のかおるが大学から戻った様である。

改めて、瞳を交わし合う2人の美女は、そのままリビングで愛しい息子、そして夫となる人を待ち構える。

だが、、、、リビングに入ったかおるの第一声は少々『アレ』なものであったのだ。
「ただいま〜〜ぁ、、あれぇ、どうしたの、すっごい仲良しになっちゃってない!?」

その我が一人息子の第一声を聞き、さすがに若干、自分の子育てに疑問を感じずにはいられない佳代である。

たしかに、自分も世間知らずに自覚はあるものの、この自分が育てた愛らしい一人息子は、どうやらそんな
自分以上に世間知らずなのかもしれない、、、、、、

数年前に愛する夫が他界し、その遺産や保険金等で生活の心配は無いものの、もはやたった一人の家族となって
しまった息子を案じ、どうしても心配して蝶よ花よと育ててしまったのだが、どうやら少々(?)過保護に
育てた過ぎたかもしれない、、、、、、、、

自分の結婚する相手が、ほんの数カ月で会社を退職する事の意味。

その相手の勤めるのが、かつて自分の母親も勤め、やはり寿退職した事も、ここまでの婚約に至る過程の中、
十分知って居るかおるであり、なにより、今日はその挨拶に母親と婚約者が会社へ向かうと言う実に大切な
日であるのだが、どうやらその意味など、何も判っていないようなのである。

本来なら、例えば会社で何か無かったか?退社に問題は?など、尋ねるべき事はいくらでもあるではないか?

だが、ひたすらノー天気に婚約者と母親が『仲良し』になっているのを喜ぶだけの息子に、さすがに呆れ顔を
向けながら、小さなため息と共に、お小言を言うべく口を開く佳代。
「あのねぇ〜〜、かおるさん、、、今日は、ホ・ン・ト・ゥ・ッに大変だったのよっ、だいたい、、、」
「お義母様、、お義母様、、それでは、『あの方達』と同じになっちゃいますわよ。」

あまりにも頼りない息子に、それを育てたのは自分でありながら、愚痴をこぼし始める矢先、やんわりと
それをやや芝居染みた口調で勇める景子。

それも、あえて正論で制するのでなく、冗談めかした口調、そしてそれとなく、これは2人だけの秘密である。
とでも言わんばかりの言い方に、気勢をそがれる形となってしまった佳代は、まるでそんな景子の小芝居に
合わせるかの様に、同じように小芝居染みた言い方でお茶を濁す。

「まぁ、良いわ、そのうちかおるさんにも判るから、そう、ね、それまで、何があったかは『ひ・み・つ』。」
先程の景子以上に芝居染みた口調でかおるに告げた佳代は、その言い方にやや目を丸くして驚いて自分を
見つめる景子に気付き、それと同じくらいにわざとらしく、その円らな瞳を大きく見開いて驚愕の表情を
作って応じる。

期せずして、互いに無言のまま、数秒間、同じような『ビックリお目々』のお顔で向かい合った義母と義娘は、
どちらかともなく、笑い出してしまう。
「、、うふ、、うふふふ、お、お義母様ったら、、ご、ごめんなさい、あ、あはは、あ〜、お、可笑しいわ。」
「け、景子さんこそ、、、うふふふ、、、ご、ごめんなさいね、かおる、、あ、あはははは」

清楚で淑やかであった美しい母が、まさに涙を流さんばかりに笑い転げると言う、これまで見たことも、いや
想像さえした事のない光景に、一瞬、あっけにとられるかおるであったが、さして物事を深く考えぬ性格か、
同じ様に笑い転げる景子も、含め、いつしか同じ様に笑い転げてしまう。

そう、、、これから、この3人で新しい家族となって暮らし始めて行くのだ。
自分は家庭教師をしていた憧れのお姉さんを妻とする事が出来、母は娘の様に思っていた景子を本物(?)の
娘とする事が出来た。

これからいったい、どれくらい楽しい生活が始まるのであろうか、、、、、、
例えば、旅行などに行かずとも、些細な日常ですら、そう、、、美しい母と妻が並んで台所に立つ姿、、、
買い物、、、、衣服や食料などを揃って買い物に行き、例えばショーウィンドーで互い着せ合い、批評し合う。
また食料品などでは、愛しい息子、主人の為を思い、時には意見を交わし合う事も起きるのかもしれない。

そう、、、そんな夢の様な日々がこれから始まるのだ、、、、、、、

そして、、、、やがて、そんな家族に新しい命も加わるに違いない、、、、、、
そうして、次第に増える家族と共に、いつまでもこうして笑顔で暮らしていけるのだ、、、、

そんな幸せな予感を各々が感じ、朗らかに笑みを交わし合う3人の笑い声は、いつまでも邸内に響いて行った。

すぐ目の前に迫る惨劇も知らず、幸福の絶頂にいた、ある日の春川家であった、、、、、、、、



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