大家族の営み

01

「まったく、しっかりして頂戴っ!!確かに厳しい時代だけどそんな事を言い訳にしないでっ。」
営業会議の席上、あまり芳しくない営業報告の連続に堪りかね、ついに社長のお小言が炸裂した。
一同、首をすくめるしかないのだが、それもしかたない。
なんと言っても、この夫と2人で会社を興し、20年足らずの間で数百名規模、年商数十億まで拡大させたキャリアウーマンの鏡の様な
社長自身の発言なのだから。

だが、幸い今日のお小言はあまり長引かずに済みそうである。
「あぁ、、もぅ、こんな時間、、、いいわ、、続きは来週に聞きます。」
そう言うだけ言って会議室を後にする雅代は、颯爽と駐車場へと向かう。

そう、既にもう齢40代も後半に差し掛かろうと言うのに、それを微塵も感じさせぬ程な軽快な歩み。
その素肌の艶と言い、引き締まったボディと言い、それらは生来の体質に加え、休日に置ける入念なエステや
エイジングケアの賜物であろう。

だが、決してただスリムなだけではなく、熟女の貫禄十分な胸元は、未だ街を歩けば男性の視線を引き付けずにはいられない迫力である。

「急いで成田へ向かって頂戴。」
それだけ運転手に告げ乗り込んだ社用車の中、ひたすら携帯や情報機器等でも業務を続ける雅代。
そして、到着した後は、同じように端的に指示だけ示し、成田の雑踏へと消えていく。
「ご苦労さま、帰りは車を拾うから良いわ、もう社に戻って頂戴。」

そしてターミナルへと入る雅代の顔は、ゆっくりとであるが、先ほどまでの厳しい女社長から一人の母親への顔へと戻っていく。
そう、、、今日は米国へ留学していた娘家族が久々に帰国する日なのである。

人々の間を歩きながら、これまでの事を思わず反芻してしまう雅代。
思えば大変な日々であった、、、
幼少期の不幸な事故で両親を失った雅代は、義務教育を終えただけで一人施設を出て社会へ出て働かねばならなかった。
しかし、そこで運命の出会いがあったのだ。

最初は単なる中卒バイト少女と新卒新入社員のコンビが、偶々気が合い、少々早めのゴールインしただけであった。
だが、そんな頼りない夫を含めた新卒新入社員の仕事を見ている内に、雅代の眠っていたビジネスの才覚が目覚めた。
そして、臆する旦那の尻を叩き(何をするにしても中卒小娘より大卒男子の方が便利)社長に祭り上げて独立開業。
それは幸いにして時流を掴み、業績は急成長、ただ道半ばで旦那が事故で他界するという不幸はあったものの、むしろその逆境さえ
ビジネスの原動力としてきた雅代であった。

そして、その母を間近で見てきた娘の紗代もまた、やはりその血を受け継ぐ娘であったのであろう。
母の勧めで4大を優秀な成績で卒業、十分に雅代の片腕足りえる程に会社に貢献してきたのであるが、更に一念発起。
米国でのMBA取得、更には海外展開を視野に入れての人脈作りの為と数年前に留学してしまったのである。

そんな娘を誰よりも誇らしく、頼もしく思う雅代であったが、多少の懸念が無い訳ではない。
こんな事まで自分に似なくても、、、、とやや唖然としたのであるが、なんと紗代もまだ学生の身でありながら若くして結ばれ、
更に経済的な不安が無いせいなのか、ほぼ年子で双子+一人と出産、なんと未だ30そこそこの若さで3人の子持ちなのである。
しかし、そこまで似なくても、と思うが、あいにくその連れ合いは病没し、母と同じに若くして未亡人となっている。

思えば、その寂しさを紛らわせる為の留学であったのかもしれない。
そう、、自分がその寂しさを仕事へ熱中する事で紛らわせた様に、、、、、、、
だが、さすがに、幼い子供達を連れての一人娘の渡米を不安に思っていtのだが、英語、特に生きた英会話を覚えるには何よりも
小さい頃からの環境が大事、と熱弁する紗代の熱意に負けた雅代であった。
しかし、渡米後、折に振れ電話や手紙、メール等で雅代とやり取りする間に、文字通りめきめき上達する子供達の英会話を見聞きすれば、
その選択は間違ってなかったと認めざるを得ない。

そして、そんな自慢の娘家族が、休暇を取り久々に帰国すると言うのだから雅代の気持ちも浮き立たぬ筈もないのであった。

やがて、空港での出迎えの人の中、娘を探す雅代であったが、ようやく人々の雑踏の中に懐かしい顔を認める。
しかし、卑しく会社社長の立場にいる事を自覚しいているであろう雅代は、探し相手を見つけてもやはり大声で相手を呼ぶ様な
ミーハーなマネはしない。
そして、紗代もまた、母を見つけても、ただ落ち着いた足取りでそちらへと向かうだけ、ただその美貌に浮かぶ輝く様な笑顔だけは
隠しようもなかった。

「ただいま戻りました、お母様。」「はぃ、お帰りなさい紗代。、、、、久しぶりね、どう、元気してた?」「えぇ、元気、元気」
一卵性母娘の様な2人に多くの言葉は必要無い。
しかし、一緒に帰国した筈の子供達の姿が見えないのに気付くと、さすがに尋ねずにはいられない雅代。

「あら?子供達は、一緒の飛行機よね?」
すると、その言葉を聞いた紗代の顔から先ほどの笑顔が消えて一転、これまで雅代が見たことも無い程に真剣な表情となった。
「、、、、、あのね、、、お母さん、、、、、驚かないでね、、、、、落ち着いてね、、、ホントに驚かないでね、、、、」
「、、、、な、、何、言ってんのよ、一人娘が小さい子3人も連れてアメリカ留学する。って言うこと以上に驚く事なんかないわよ。」
そのあまりに真剣な娘の顔に、思わず冗談めかして応える雅代であったが、さすがにその次の展開には驚くな、と言う方が無理であろう。

母の言葉を受けた紗代は背後を振り向くと大声で呼びかける。
『ボブッ!!良いわよ、、、こっち来て頂戴っ!!』
その紗代が叫んだ、まるでネイティブの様な呼びなれた英語の叫びはともかく、その声に応じるかの様にこちらに向かって来たのは、
そう身長2mは余裕でありそうな長身のアスリート体型の青年であったのだ。

顔立ちはやや日本人ぽいが、顔色や髪の毛の具合からしておそらくは黒人とのハーフ。
だがなによりも雅代を驚かせたのは、その青年に肩車してもらっている末っ子の拓也。
そして青年の左右両手は、各々智代と智也の姉弟が文字通り実の親子の様に硬く手と手を繋いだままこちらへ向かって来る事だったのだ。

まさに開いた口が塞がらぬ程の衝撃を受けた雅代を尻目に、子供達とずんずんこちらに近付く青年。
目の前に立ち止まったその姿は、文字通り見上げる事しか出切ぬ雅代である。

そんな青年の背後に回った紗代は、やや恥ずかしげにその青年の腰に手を当てると、ようやくにも母へと紹介するのだった。
『お母さん、、彼、、ボブって言うの、、私の、、、パートナーよ、、、、ボブ、、、私の自慢の母です。』
母も英語を解するのを知っている為か、終始英語で説明を済ませる紗代。

すると、その母の言葉を聞いた子供達は異口同音に意義(?)を唱え始める。
『違うよ、ママ、ボブはパパだよっ』『そぅだよ、もぅボブは僕たちのパパなんだよっ』
『違うわっ、私がボブのお嫁さんになるのよっ、ねぇそうでしょう、ボブ。』
文字通りまさにネイティブ同然でまくし立てる子供達であるが、当のその青年はやや含羞んだ様な笑顔を浮かべながら、
礼儀正しく日本語でこう語りかけるのだった。

「は、じめまして、、お、、かあさん、、、私のなまえは、、ボブ、、です、、よろしくおねがいします、、、」
そして、それまでのやりとりを見聞きし、今また、その外国人の辿たどしい日本語での挨拶を聞かされて、雅代の負けん気に火が着いた(?)。
『あら、私の英語よりも、ずっと日本語上手ね。でもお国の言葉で大丈夫よ、こちらこそ初めまして紗代の母、雅代です。』
その言葉を聞き、柔和そうに見せていたボブの笑顔の中、瞳が一瞬細められのだが、生憎それに気付かぬ雅代であった。


02 へ 

オリジナルの世界Topへ

Topへ