『町内会』
「えぇーーー、、それでは、、今年度の、、、、、」
「、、、、、、予算の、、、、、、、」
「、、、、、昨年に比べ、、、、」「、、、最近では、、、、」
延々と続く議事の項目を読み上げる会計、書記、司会、、、、
せいぜい、各項目の数字が毎年、毎年少々変更されているだけにしか過ぎぬ事を、
いったいなぜこれだけの人を集めて、書面で印刷し配布、説明する必要があるのだろう?
まぁ、いわゆる会議と名の付く物、その全てがそうだとは思えぬが、なぜかここ、
目白の駅からそう遠くない閑静な住宅地の1区画を占める**町町内会の定例報告会も、
毎回毎回、延々と同じ事を飽きもせず繰り返している。
だが、そんな内容にもかかわらず、、、、誰もそれを不平に思わず、それどころか、
なぜだかいつもいつも、出席率は100%を誇っているのだ。
それは、なぜか、、、、、
『あぁぁっ、、、なんて、、奇麗なんだ、、、、、、』
『いいなぁぁっっ、、、あんな、、奥さんが、、、もし、、、、』
『はぁぁーーーーーっっ』
そう、、たしかに出席はしているのだが、、そこにいるおやぢ達の誰1人、
つまらぬ議事進行にも、報告にもまったく興味などなかったのである。
彼ら全てはその場に参加している令未亡人、町内のマドンナ、春川佳代夫人を間近で
拝見したい、ただそれのみを年頭に置いて、つまらぬ自治会に参加しているのであった。
初夏にもかかわらずきちっと和服を着こなし、二の腕どころかふくらはぎすら見せぬ
装いでありながら、まさに熟女の色気を漂わせる佳代夫人。
楚々とした風情の中にも品の良さ、凛とした雰囲気が伴うのは、やはり幼少の頃からの
厳しいしつけと、伝統ある母校の教育によるものなのであろう。
その町内の麗人、佳代夫人は数年前に夫が他界してからは、1人狐閨を守り続けており、
息子も高校3年生にもなるはずであったが、そんな年の息子がいるとはとても思えぬ
程の若々しさである。
ちなみに、永年、その令夫人で目の保養をして来た町内のおやぢ達は、
春川家を襲ったそんな不幸な出来ごとも、表面的にはどうであれ、内心では辛い事の
あったこの町から、春川家が引っ越すのではないかとそればかりを気にしていたのだ。
そして、毎回同じような議事録、報告にもかかわらず、丁寧にそして丹念に頁をめくる
令夫人の仕草に、ふとどきにもその葬式の事すら卑猥な考えと共に思い出す者さえいる。
『はぁっ、、そう言えば、あの時の喪服の奥さんの色っぽさっていったら、、、、』
当時、あまりにも急に訪れた不幸の最中ですら、遺影を前に気丈な振る舞いで弔問客を
対応し、そして亡き夫の菩提を弔う美夫人の姿。
さすがに心身の疲労は隠せず、やややつれた趣はあったが、むしろその陰りすら、
この絶世の美女の魅力になるだけであったのだ。
そして、それ以来、佳代夫人は健気にも1人、春川家をそして大事な跡取り息子を
守るべく家長として、今まで以上の熱意をもって、積極的に様々な事に参加していく
ようになっていった。
その中の1つにこの町内会への参加があったのである。
それからであろうか、徐々にこの会議への参加者が増え始まったのは。
もっとも、どのおやぢ達も内心はどうであれ、表面的にはただの住人として義務を
果たしているだけ。
そして、若くして未亡人となってしまった、この絶世の美女を何かと気遣う振りを
しながらも、些細な事柄にかこつけては近づき、話し掛ける等事に年甲斐もなく、
夢中になっているおやぢ達にとって、この会議に参加する事は、まさに楽しみ以外の
何者でもなかったのである。
『、、、、あらっ、、、**さん、、、何か?、、、、』
にこっ、、、
自分に集中する視線に気付いた佳代夫人が、ふと視線を上げると向かい側の席から
自分を凝視する1人の中年男性と目があってしまった。
しかし、、お嬢様育ちで、そのまま家庭に入り、高級住宅街にのみ永年住む令夫人は、
その視線の意味を理解出来る筈もなく、つい習慣的に微笑みを返してしまうのだ。
『はぁぁっっ、、なんて、、奇麗なんだ、、、、』
『バカ野郎!!そんなジロジロ見るなよっ!!』
『うるせぇ、、お前こそ、少しは遠慮しろっ!!』
『そぉだっ!!もし、奥さんが参加しなくなったら、お前のせいだぞっ!!』
儀礼的に笑みを戻した佳代夫人は、再び資料へと視線を下ろしたので、その後の
おやぢ達の醜い、いや滑稽な視線の投げ合い、無言のののしりあい等、全く気付かない。
そして、そんな物静かな令夫人の仕草に誘われるかのように、滑稽なおやぢ達の妄想も
再開するのであった。
『、、、町内会の温泉旅行、、、なんて、、企画して奥さんが来てくれたら、、、、』
『町内会の夏祭りで、、、奥さんが、、なにかしてくれたら、、、』
緑の黒髪を結い上げ、きちんと正座して丁寧に手元の資料を確認し続ける佳代夫人を
チラチラと覗きながら、ひたすら卑猥な妄想にふけるおやぢ達。
そんな楽しい時間は、まさにあっと言う間に過ぎてしまうのが世の常である。
議長であるだけに、さすがに美女の鑑賞にふける訳にもいかぬ、不幸な男が
名残惜しげに口を開いた。
「、、、、、それでは、第**会、定期連絡会をこれで終了致します。」
その言葉と共に、全員が深々とお辞儀をして会議が終了する。
もちろんその際にもおやぢ達は、卑猥な視線で令夫人の胸元をチラチラと覗くのだが、
あいにく、きっちりと着こなす和服の胸元は、あっさりそんな視線を跳ね返す。
それにもかかわらず、佳代夫人の前側の席を巡っては、毎回、毎回、その両隣りの
場所と同じ様に、激烈な争いがくり広げられてるのであるが、これまた当の本人である
佳代夫人は、想像すら尽かぬであろう。
「あのぉ、、春川さん、、もし、よろしければ、この後、またお手前等、、、」
すっ、、と、流れる様な見のこなしで正座から立ち上がる、美夫人の姿態に
目を奪われながらも、1人のおやぢがおずおずと声を掛ける。
もちろん、お茶にかこつけて、少しでも長く令夫人の美貌を拝見したいと、請い願う
中年おやぢ達のささやかな願望であったが、、、、
「あっ、、それが、、その、、申し訳ございません。あいにくこの後、自宅でお客様を
お迎えしなければなりませんの。
本当に申し訳ございませんが、出来れば次の機会でもよろしいでしょうか?」
どこまでも、丁寧に、そしてその全身で、すまなそうに麗人に応じられ、無理を言える
男がいるであろうか。
少なくとも、この場にはいなかった。
それどころか、そんな美夫人の蕩けそうな微笑みの前に、どのおやぢもぼうぅっと
見惚れるばかりであったのだ。
そして、立ち尽くすおやぢ達へ丁寧にお辞儀をしながらも、足早に部屋を出る令夫人。
そんな後姿へ熱い視線を向けるおやぢ達であったが、部屋からその姿が消えた途端、
残された出席者達は、まさに気の抜けた風で、互いにつまらなそうな視線を交わし合う。
「、、、、それでは、、、解散しますか、、、」「、、、そうですな、、、」
令夫人の香しい匂いが、本人の去った今、余計におやぢ達を惨めにさせていく。
だからと言って、とりあえず高級住宅街に住むくらいであるから、公私共にそれなりの
ものを持つ彼らが、いくらなんでも、『ある暴挙』など行えるわけもない。
せいぜいが、今日のように近くから羨望の視線を送り、その清楚な和服の下の熟れた
姿態を妄想するだけが関の山なのである。
本当に名残惜しげ、物欲しげに美夫人の去った出口を眺めるおやぢ達は、
一様に思いをめぐらせていた。
『お客って言ってたなぁ、、、誰なんだろうなぁ、、いぃなぁ、、』
世間体そして、奇妙に互いを牽制している事もあり、1人だけで令夫人のお宅を訪問
した者など、まだ誰もいないおやぢ達はその幸運な客を、ひたすら羨望していたのだ。
そんなおやぢ達の思いも知らず、足早に自宅へ向かう佳代夫人
当然、周囲への気配りにも何の訳へだてなく行う、令未亡人は先程、私用でお誘いを
断った事を本当にすまなく思っており、次の機会には必ず、お侘びをしなければと心底
思っているのだが、、、、、
あいにく、その次の機会は(佳代夫人の思う形では)2度と訪れぬのである。
なぜなら、、、、今日のお客様とは他ならぬ、息子の級友達なのである。
大事な1人息子の、最近の様子が気になって気になってしょうがない、佳代夫人は
おそらく、誰よりもその事情に詳しいであろう、クラスメート、それも、長期欠席を
気に掛けて、わざわざ、学校帰りに寄ってくれると言う、心優しい級友達の来訪に、
自分の選択した息子の進路の正しさ、誇らしさに胸の熱くなる思いであったのだ。
『かおるは本当に幸せだわ、、だって、高校3年生って言う大事な時なのに、わざわざ
自宅までお見舞いに来てくれるお友達がいるんですもの、なんてありがたいのかしら。
やっぱり英正学園にして、間違いなかったわ。』
久々の明るい知らせに、有頂天になった佳代夫人は、春先に訪ねた担任教師の冷淡な
態度や、それどころか、わざわざ自分から出向いてまでお願いしたにもかかわらず、
何の連絡もしてくれぬ景子の事さえも、都合良く解釈する程に舞い上がっていた。
『きっと、横田先生や松下先生が色々と手を尽くして下さったに違いないわ。
それなのに、私ったら、苛立ったりして、、後で、横田先生にも、松下先生にも
ちゃんとお侘びをしておかなくちゃっ、、、、』
そのお侘びが、佳代夫人の想像すら出来ぬ程のモノになる事など夢にも思わぬまま、
そして、世間体にのみ気にするおやぢ達が妄想の中でしか描けぬ『ある暴挙』が
待つ事も知らず、急ぎ自宅へと向かう、令未亡人、春川佳代であった、、、、、
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