タイトル[大戸島高校三年B組 星川清一の手記]
1980年7月20日、高校野球東東京大会予選において俺の所属する大戸島高校野球部は
超高校級エース大木耕助投手を擁する若葉商業と対戦し、コールド負けを喫した。
もちろん普通の高校である俺たちが勝てる相手だとは思っていなかったが、
ゲームセットの瞬間はさすがに胸がいっぱいになった。でもみんながんばった。
エースも主砲もキャプテンもその他のメンバーも最後までがんばったのだ。
そして大してうまくもない俺を最後のメンバーでベンチに入れてくれた監督さんと
部長先生ありがとうございました。
泣いた、泣いた、思いっきり泣いた。
涙が枯れるまで泣いて、今は少し落ち着いて、これを書いている。
こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
そうだあれは確か3年前、中学三年の時だった。
俺の同級生に春川かおるという生徒がいた。勉強ができて顔も良くて人間も良かった。
この春川は中学の新入生の時一番はじめに口を聞いたのだ。
名字が同じは行だったため初めの教室では出席番号順だとすぐ後ろに俺がいたのである。
あいつは大人しかったので俺の方で
「おっす、よろしく」と声をかけた。
「こちらこそ」と春川は小さい声で答えた。それが始まりだった。
春川は先にも書いたように優等生タイプで男子にも女子にも好かれたが俺とは不思議とうまがあった。
俺は全くの劣等生だったので、俺たち二人を清流と濁流だとかきれいな川とドブ川などとひどいことを
言うやつもいたが春川は決まって
「おい、気にするな」と言ってくれた。
言った方も俺たちが仲がいいのでうらやましかったのだろう。もちろん同性愛とかではなくて。
俺たちは偶然なのだろうが2度のクラス替えがあっても不思議と同じクラスになった。
番号順も変わらなかったのである。
そしてお互いに家を行き来するほど親しくなったのだが、春川のお母さんがとても素敵な女性だった。
佳代さんという名前だったが、春川の家に遊びに行って初めて紹介された時、
俺はもう頭の中が真っ白になってしまった。
「あ、あ、あの星川と申します・・・。いつも春川君をお世話しておりますです」
などとわけのわからないことを言ってしまった。
それから佳代おばさま(こんな言い方は失礼かもしれないが佳代さんというよりはいいだろう)は
俺の心を占めるようになった。
もちろん春川との付き合いは普通に続けていたが、
あいつの家に行く際佳代おばさまの笑顔が楽しみになったのも事実である。
そして春川自身の生活にも変化があった。
2年生になったころだろうか、俺が春川を遊びに来ないかと誘うと、
「うんごめん、きょうは都合が悪いんだ。家庭教師の女子大生の方が.みえる日なんだよ」
とすまなさそうに言った。でも俺は見た。彼の美しい顔がポッと赤らむのを。
「こいつ、恋をしてるな」などと俺は自分のことをたなにあげて思ったものである。
この家庭教師の女子大生は松下景子さんという方だった。
この松下先生が春川の勉強がない日でも遊びに来ていて(佳代おばさまがお呼びになったのだろう)
何度か俺も会ったことがあるが、なるほどきれいな女性だった。
そして春川ほどの美少年でもほのかな恋心を持つのもあたりまえだと思った。
ただ俺の心の中にはまだ佳代おばさまがいたので松下先生には特別な感情は持たなかったが。
こんな思い出もあった。
中二の終わりの3月の学芸会で俺たちのクラスが「走れメロス」を演ずることになった。
そして何とクラス全員が俺をメロスに春川をその親友のセリヌンティウスに推薦したのだ。
俺はそんなガラではないと思ったが、メロスは一応主役だし、けっこう地でやれそうだった。
また大暴れできる場面もあったので悪い話ではなかった。
その学芸会の日、俺は熱演した。圧巻はあの場面だった。
春川演ずるセリヌンティウスが十字架にかけられるシーンである。
その春川が縛られた時、そのあまりの美しさに俺も含めて、
舞台上の生徒や会場の観客もみんなシーンとなって、1分ほど劇が止まるという珍事が起きた。
その後再開されたが妙な雰囲気になったのは事実だった。
その後俺と春川がお互いに殴りあった後、抱き合うのだが、その時俺は妙な気になった。
何か春川と佳代おばさまの少女時代が重なったのである。俺は思いっきり抱きしめてしまい、後で
「おい、ちょっと痛かったぞ」と春川に文句を言われた。
そして春川はますます輝いていった。俺はもう全然授業にはついていけなかったが春川はいつも
「いいか、僕たちは同じ人間なんだ。僕にできることが星川にできないわけないだろう」
と言って俺を励ましてくれた。それだけでなく勉強を教えてくれたりもした。
それでもなお俺が弱音を吐くと
「僕は意気地のない奴はきらいだ!もう付き合わないし、家にもこさせないぞ!」と叱咤した
りもしてくれた。
「わかった、俺もがんばるよ」と返事をした。
ただやはり佳代おばさまのことがずっと頭を離れなかった。
中三の最後の夏休みこのままでは大事な夏休みなのに勉強に集中できない、と思った俺は一大決意をした。
佳代おばさまをデートに誘おうと思ったのである。
ある夜春川の家に電話をした。
春川が出るとちょっと困るので松下先生のみえてる日を選んだ。
「もしもし」うまく佳代おばさまが出られた。
「あっあの、星川です!こ今度の土曜日、映画に御一緒していただけませんか」
もう心臓は早鐘のようにドキドキだった。
「ええ、いいですよ。楽しみにしてますわ」
やった、OKしてもらえた。俺は有頂天になった。佳代おばさまとデートできるのだ。
俺は何て幸せものなんだと。
デートの約束の前夜は当然なかなか眠れなかった。
そしてその当日約束の場所にその時間よりも30分も早く俺はいた。
やがて佳代おばさまは現れた。ただし、春川と松下先生がいっしょだった。
「は、春川・・・。松下先生」情けないことだが俺は自分の顔がこわばり血の気が引いていくのがわかった。
「星川君、きょうは誘ってくれて本当にありがとう」とおばさまは言った。
そしてその後みんなで映画を観た。席はおばさまの隣を春川がとってくれた。
帰りの電車もおばさまの隣にすわるように彼がはかってくれた。
俺は何も言えず、俺の淡い恋はこのような形で終わりをとげた。
でも夜一人になって思った。
春川と松下先生を連れて来られたのはおばさまの婉曲なお断りだったのだろう。俺を傷つけまいとする。
そして最後まで気がつかぬふりをしてくれた、春川と松下先生。
俺は恋が破れたことも悲しかったが、この三人の心遣いがうれしくてしかたがなかった。
俺は泣いた。もうムチャクチャに泣いた。そして何というすばらしい人達と知り合いになれたのだろう。
「よおし、俺もがんばるぞ!そうだ同じ人間じゃないか」と。
そして夏休みは勉強に集中することができ、今までの劣勢を挽回した。
高校受験ではさすがに春川の合格した英正学園というわけにはいかなかったが、
一応中堅といわれる今の大戸島高校に合格することができたのだ。本当に春川達のおかげである。
まあ野球に打ち込んでしまったので大学受験もまたまた劣勢であることは否めないが
でも明日からまたがんばるぞ!
そういえば、春川はどうしているだろう。
中学校の卒業式の時、正門で握手をして別れたっきりだが。
まあたぶん名門英正学園でもあいつのことだからがんばっているに違いない。
あいつのいるクラスで、いや学園中の人気者になっているかもしれないな。
佳代おばさまはどうされているでしょう。こちらも春川を暖かくそして優しく見守っていられるでしょう。
あの素敵な微笑をうかべながら。
松下先生はどうされているかな。春川とはまだ会ったりしてるのかな?
優秀な方だったからどこかの名門校に勤務されていることだろう。
そして生徒の指導にその腕をふるわれていると思う。
もう夏休みだから課外授業とかを受け持たれているかもしれない。
松下先生に指導されたらみんな伸びることは間違いなしだ。
そうだ、3月になったら電話でもしてみようか?今度は俺の家に呼んでみよう。
そうだそうだ、おばさまも松下先生も着て頂くといい。そしてこの時のことを語るのもいいかもしれない。
それにはあいつに負けないように俺も大学受験をがんばらなくては。
「春川、俺もがんばったよ!」と言えるだけの努力をしなければならない。
俺はまたここで新たに決意した。
この話の発端となった話はまいなぁ先生の掲示板に書き込んでおきました
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